小話
横浜市の関内についてお話します。横浜でもっとも有名な歓楽街である関内。実は、「関内」という正式な住所はありません。駅名や道路の表札などでは関内という名前は見られるものの、住所としては存在しない場所なんです。ではなぜ、この場所が関内と呼ばれるのでしょうか?それには歴史的な背景があります。1859年の日米修好通商条約によって横浜の開港が始まり、その時設置した開港場(外国人が出入りできる場所)に外国人の居住を許し、彼らの住まいが集まった場所が現在の関内です。外国人居留地とそれ以外の場所を関門と呼ばれる関所で分け、外国人居住区を関内と呼び、それより外側を関外と呼んでいたことから関内と呼ばれるようになったようです。その関門があったとされる場所が今の吉田橋という橋で、石碑が建っています。当時は、武士と外国人との接触を避けるため、武士は関内に入ることを許されなかったと言われています。開港により、諸外国より新しい文化が流れ始めるきっかけにもなったこの地域。歴史の紐を解くのも発見があって面白いものですね。

